はじめまして

ファイナンシャルプランナーの工藤恵子です。

これまでの経緯や、この仕事への思いをまとめました。

 

略歴

1974年 山形市生まれ
1996年~ 留学を経て、山形・仙台市内にて英会話講師
2003年~ 夫の転勤のため関東に転居・出産後は大手監査法人勤務
2015年 CFP取得・子供向け金融教育活動を開始
2016年 地元東北にUターン
2017年~ 宮城県内の小学校にて「親子で学ぶお金の授業」講師
夏休み親子ワークショップ開催
2019年~ せんだい恵オフィス開業
個人向け お金の相談業務を開始

 

趣味・好きなこと

  • ヨガ
  • 高校野球をみること
  • 美味しいビールを飲むこと
  • 愛犬(カニンヘンダックス)の散歩

 

生まれてから結婚まで

山形市で生まれ、両親と兄姉・祖父母・曾祖母の大家族で、のびのび育ちました。

実家は自営業で、経済的にそう豊かではなかったはずですが、働き者の両親のおかげで、不自由なく育ててもらいました。

子供の頃から外国に憧れて、将来は英語を覚えて通訳になりたいと思っていました。

でも学校の勉強はいまいちで、大学にもまったく興味がわかず、高校卒業後2年間会社員をした後、ワーキングホリデーを利用して1年間オーストラリアで過ごしました。

振り返ると・・・英語は多少勉強したとはいえ、日常生活には相当頼りないレベルだったので、楽しいよりも、想像以上にしんどいことがいっぱいの海外生活でした。

ただ、つらかった分「このまま英語を忘れてしまったら悲しい」という思いが強く芽生えたことと、やっぱり好きだったようで、その後も勉強は続け、英会話スクールの講師になりました。

結婚後、夫の転勤で東京に転居しました。

独立行政法人(JETRO)と、出産後はEY新日本有限責任監査法人に勤務し、たまに英語なども使いながら事務や秘書業務を担当しました。

はじめは、都会暮らしなんて向かないと抵抗感もありましたが、仕事を始めたら出会う人のほとんどがフレンドリーに受け入れてくれて、居心地の良さに驚きました。

3年で帰る予定が、なぜか千葉に家まで買ってしまい、結局15年ほど関東で過ごしました。

とても良い経験ができて、きっかけとなった夫にも感謝しています。

 

お金について、大切なことに気づくまでの道のり

この15年の間に転機も訪れました。

それまでお金についてはまったく知識がなく、よくわからないし苦手、でも何とかなるだろう(たぶん夫が知っているはず)と思っていました。

生命保険は、単に「家計的にいくら保険料が払えるか」くらいしか考えていなくて、営業マンに勧められるがまま加入していました。

その中には外貨建ての保険もありましたが、「1ドル80円にでもならない限り大丈夫ですよ。まずそんなことありませんから」の一言を、そうだそうだ!と素直に受け取り、疑問もわきませんでした。

さらに「ただ預金しておくより、もう少し増えた方がいいな~」と、銀行窓口で・毎月分配型の投資信託を・一度にまとめ買い、というダメの見本のような買い方をしてしまいました。

仕組みも知らずに買う気満々で窓口を訪れたのですから、非はこちらにあります。

その後のリーマンショックで、無知の重さを知りました。

物事が普通に進んでいる間は良いのだけれど・・・夫は当時、不動産コンサル会社に勤務していましたが、リーマンショックの後に会社が破綻、転職後は収入が約半分に減りました。

ちょうど家族が二人(双子)増えた頃だったので、これからどうしよう・・・と急に不安を感じるようになりました。

その後私も仕事を始めましたが、買った投資信託はどんどん目減りする一方だし、保険も「これって本当に助かる額なの?」と疑問に思い始めたりしました。

秘かに、いつかは自分で(お勤めではない)仕事をしてみたいとも思っていて、その夢と、現状家計の不安定さ・先行きの不透明感との狭間で、「知らずにいる」ことの危うさをとても大きく感じました。

誰かに聞いても、自分に知識がなさすぎて、いまいち理解できない、良し悪しすら判断できません。

今後もしフリーランスになるとしたら、不安定さはさらに増すのだろうし、不安のたびにそれを理解・応援してくれる誰かを探すより、「自分で知る」方が良いんじゃない?とふと思ったのが、お金の勉強を始めるきっかけです。

「お金のことって、みんながもっと普通に知っていていいはず。でも、教えてくれる人にはなかなか出会えなかったし、聞くことも話すことも敬遠されるこの感じ。どこで、誰に聞けばよかったんだろう。でも、こんな風に失敗した自分だから、不安や困り事がある人には共感できるんじゃないかな。それに、いつかファイナンシャルプランナーとして仕事にすることができたら、この経験は無駄じゃないかも 。」

漠然と、こんな風に思っていました。

 

ファイナンシャルプランナーとの出会い

ゴールがあると勉強しやすいので、とりあえずFP資格を取ろう!と考えました。

恥ずかしながら、経済新聞は小説とスポーツ面くらいしか読めなかったので、FP2級もはじめは「???」だらけでしたが、通信教材で何とかクリアしました。

この勉強の先には、お金のことがわかってスッキリすることを期待していたのですが、実際は違っていました。

もともと金融の基礎や実務経験がない私にとって、制度やしくみを知ることは「ためになった」のだけど、何かを解決するほどの実用的な力がついたわけではなく、むしろいろいろ足りないと感じました。

もう少し理解を深めたくて、次にCFPに取り組みました。具体的に計算ができるようになれば、モヤモヤから脱出できるはずと信じて・・・ 

現実はそう簡単ではなく、かなり勉強して合格はしたものの、

    • 自分の経験や感じたことを、世の中の困っているかもしれない人にどうやって届けたらいいのか。
    • 私がお役に立てる人は誰で、どこにいるんだろう?
    • 思いはあるけれど、解決策にはそこまで自信がない。
    • 所詮教科書で勉強した知識だし、こんな私に何かできるのだろうか。

こんな不安が次々と浮かんできて、なかなかその先に踏み切れませんでした。

そして、家計においても私は重要な担い手の一人です。

子供も小さく、趣味のレベルで時間を費やすわけにはいきません。

結局目標を決められないまま、CFP取得から数年が過ぎていきました。

 

はじめの一歩を踏み出すまで

2016年、夫のJターンで地元東北に戻ってきました。(これもまた予定にない出来事)

仙台では、外資系保険会社で秘書をしていました。

FPの仕事にはやはり踏み出せず、諦めと罪悪感が入り混じったような心境でした。

ただ、せっかくたくさんの保険営業マンがいる環境なので、こんなことを聞いてみました。

「25才のとても健康な独身男性会社員、結婚の予定なし、仕事はしっかりしていて、親も若くて元気」

こんな人が、何か保険に入った方がいいですかねぇと相談に来たらどうしますか?

答えは営業マンによって全部違いました。外貨建ての個人年金、終身保険、収入保障など。

ただ共通していたのは、「保険はいらない」という答えはなかったこと。

保険屋さんなのだから当たり前だけど、それは買う側にとっては重要な問題だと思いました。

そのうちに、営業マンではないFPとして「伝えたい」という思いが日増しに強くなっていきました。

でも、どうしたら本当に独立できるのか、自分一人では勇気がなく、行動する自信もなかったので、「商品販売をしないFP」が集まる会(FP技能士会)で情報収集を始めました。

そしてようやく、ご縁のあった多くの人の力を借り、2019年4月にFPとしてスタートを切りました。

 

志 ~いつも胸の中にあること~

お金のことを考える時はいつも、若くて怖いものなんてない、若気の至り全開だった20代前半の自分が浮かんできます。

幸せに、少々甘やかされて育ったこともあるのでしょうけれど、お金なんてどうにかなると思っていた節があります。

でも、時間はあっという間に流れて、若い頃には想像もつかない人生を今歩んでいます。

「まさか」とか「ウソでしょ?!」という出来事も本当に起きることを知りました。

もし、若い自分に伝えることができるなら、お金のことは正しく知っておくように!と言いたいです。

「みんなそうしてるから」「親や家族が何とかしてくれる」「知らなくても生きていける」はとっても危険なことだから、と。

お金のことを考えてばかりの人生はつまらないけれど、ごく普通の生活者こそ知っておくべきことがあると思うんです。

商品を販売しない立場で、どうしたら不安がなくなり、こうしたいと願うことを実現できるかを、一緒に真剣に考えていきます。

このサイトを訪ねてくれたあなたと、いつかお話できることを楽しみにしています!

ファイナンシャル・プランナー (CFP)
藤 恵子


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